例えば、あなたは農地を購入しましたが、本来必要であるはずの農地法3条許可を受けずに耕作し続け、20年が経過したとします。
このとき、あなたは3条許可なく農地を取得することができる可能性があります。
なぜなら、農地には時効取得が認められているからです。
時効とは
農地の時効取得とは、時効によって農地の所有権を取得するという意味です。ではまず時効とはどういうものでしょうか?
時効とは、 ある状態が一定の期間継続した場合に、権利の取得、喪失という法律効果を認める制度のことです。
時効には、民事の取得時効・消滅時効、刑事の刑の時効・公訴時効があります。例えば、戦後最大のミステリーと言われる3億円事件は刑事の公訴時効にあたります。
そして、農地の取得に関する時効は、民事の取得時効に該当します。
取得時効とは
取得時効とは、前述の通り時効制度の1つです。
民法では取得時効を次のように規定しています。
民法162条
- 20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する
- 10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する
取得時効が認められるためには、「所有の意思」、「平穏な占有」、「公然の占有」という条件を満たさなければなりません。
なお、取得時効により権利を取得することを時効取得といいます。
所有の意思
所有の意思とは、自分のものという認識があるかどうかということです。
例えば、農地の売買の場合、買主はお金と農地を交換しますから、その農地は自分のものという認識があります。一方で、農地を借りた場合は、その農地は相手のもので自分のものという認識はありません。
取得時効が認められるためには、自分のものという認識が必要です。
くだらない例ですが、ジャイアンは「俺の物は俺の物。お前の物は俺の物」と主張しています。つまりジャイアンは常に所有の意思を持っているということになりますね。
占有とは
占有とは、物に対する事実上の支配をいいます。
例えば、あなたが他人の農地を事実上耕作していると、あなたはその農地を占有していることになります。このとき、所有の意思は関係ありません。自分のものという認識はなくても、耕作することによって実際に農地を支配していると考えられるからです。
平穏の占有
平穏の占有とは、支配している状態が暴力的ではないことです。
例えば、本当の農地の所有者を脅し排除した状態であなたがその農地を耕作することは、平穏の占有とはいえません。
公然の占有
公然の占有とは、支配している状態を隠さずに占有することです。
例えば、勝手に他人の農地を耕作しているにもかかわらず、周りには「借りている」と嘘をつくことは、公然の占有とはいえません。
取得時効10年と20年の違い
ここでもう一度、取得時効の定義を確認しておきます。
民法162条
- 20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する
- 10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する
取得時効には10年と20年のものがあります。
この違いは、占有の開始時の状況によって、時効が認められるまで10年でよいのか、それとも20年必要なのかが決まることになります。
善意無過失
取得時効によって他人のものが自分のものになるわけですから、時効の恩恵を受ける者(占有している者)にとって時効が成立するまでの時間は20年よりも10年のほうが嬉しいはずです。
10年で取得時効を成立させるためには、善意無過失という条件を満たさなければなりません。
善意無過失
他人のものと知らずに(自分のものと信じ)、しかも知らないことについて不注意がないこと
善意
法律用語で「知らずに」という意味でつかわれます。「善良な心」という意味ではありません。
反対に「知りながら」は悪意といいます。
無過失
無過失とは、「不注意がない」ことを意味します。
反対に「不注意がある」ことを有過失といいます。
10年で時効取得が認められるためには、善意無過失でなければなりません。
なお、この記事の冒頭では、3条許可なく農地を耕作し20年以上経過した例を挙げました。20年以上経過すれば、善意・悪意や無過失・有過失は考慮する必要はなくなります。よって農地を時効取得できる可能性があるのです。
時効の援用
ここまで、取得時効についてご紹介してきました。その中で、10年で成立するパターンと20年で成立するパターンがあることもご理解していただけたと思います。
しかし、時効の成立について勘違いしている方がたくさんいらっしゃいます。
時効という制度は、時効の条件を満たしただけでは成立しません。時効の制度を利用することを主張してはじめて成立します。時効の成立を主張することを時効の援用といいます。
例えば、時効の条件をすべて満たした状態で100年経っても、時効の援用をしない限り時効は成立しないのです。
時効の援用の方法としては、裁判での主張や内容証明による主張が考えられます。
3条許可なしは有過失
例えば、あなたが農地の売買契約を結び、代金を支払いました。しかし、あなたは農地法のことなど全く知らずに、農地法3条許可を受けずに15年耕作し続けました。
ある日、売主がやって来てあなたにこう告げました。
「3条許可がないので、所有権は移転していない。つまり農地は今も私のものだから返却してください。」
しかし、そんなことはおかしいと納得いかないあなたは、法律を調べてみると、確かに売主の言う通り、農地法3条許可なしでは、所有権は移転しないことが判明しました。
農地法許可の効果についてはこちらから
なんとかならないかと法律に詳しい友人い訪ねたところ、取得時効という制度があることを突き止めました。取得時効が可能かどうか自分の状況を当てはめてみました。
売買契約を結んでおり、自分のものであるという認識があった。よって○。
<平穏の占有>
脅迫など暴力的に占有はしていない。
よって○。
<公然の占有>
自分のものと信じており、占有を隠していない。
よって○。
どうやら取得時効の条件はすべてクリアしているようです。あとは、10年で時効が成立するのかそれとも20年なのかという問題です。
現在、売買契約から15年が経過が経過していますので、取得時効を利用するには善意無過失の条件を満たさなければなりません。
つまり、不注意なく3条許可が必要であることを知らなかったことが、善意無過失として認められれば、あなたは時効によって農地を完全に取得することができます。
この場合、過去の判例によると善意無過失は認められません。
なぜなら、農地法は、農地の所有権移転には3条許可を受けることを要求し、許可がない限り所有権移転は効果を生じないことを明示しているため、それを知らなかったことは過失があったと考えられるからです。(最判昭59・5・25)
つまり、法律を知らなかったことは、あなたの過失ということです。
よって、上記の例においては、あなたが取得時効によって農地の取得するのに必要な時間は、最低でも20年となります。
非農家でも農地を時効取得できるのか?
理論的には可能です。
例えば、農業を始めたい非農家の者が個人間で農地を購入し、農地法の許可を受けずに20年経過した場合は、法律上、取得時効は可能になります。
ただし、農地の無許可での売買は法律違反となりますので、時効取得を狙って故意に行うことは許されません。
なお、時効取得した農地の登記についてはこちらで解説しています。合わせて読んでいただくと、より理解が深まると思います。